ICI治療におけるバイオマーカー:腫瘍細胞上のPD-L1の意義再考
抗PD-1/PD-L1抗体は、当初から言われている「T細胞上のPD-1と腫瘍細胞上のPD-L1との結合阻害によるブレーキ解除」というメカニズムに基づき、腫瘍細胞上のPD-L1発現が効果予測のバイオマーカーだとされてきた。実際に複数のKEYNOTE試験の結果から、PD-L1高発現でICIの良好な成績が得られているのは間違いない。しかしながら、PD-L1低発現の症例で、ICIの奏効率がゼロということにはならず、PD-L1陰性であっても、ICIが長期にわたって奏効し、所謂tail plateauに達する症例も見られる。
なぜPD-L1発現だけでは患者選択が不完全なのだろうか?
① 検査方法の問題
PD-L1発現を腫瘍の全組織で見てみると、全体に均一に発現しているわけではなく、かなりheterogeneityが高いことが知られている。(McLaughlin J et al. JAMA Oncol 2016)また時間軸で見ても、例えばchemotherapyの前後でPD-L1発現がダイナミックに変動するとの報告がある。(Sakai H et al. Lung Cancer 2019)
つまり、小さな組織生検検体におけるある瞬間の一部分のみのPD-L1発現を切り取ってみても、腫瘍全体のPD-L1発現を正しく評価するには限界があるだろう。
② 腫瘍組織以外のPD-L1の関与
腫瘍組織以外でICIの効果に影響し得る最も重要な組織はリンパ節であろう。(リンパ節の意義については別記事参照。)特に腫瘍細胞が流入するリンパ節(Tumor Draining Lymph node:TDLN)には、PD-1+ T細胞が豊富に存在しており、マクロファージや抗原提示細胞(APC)上のPD-L1と相互作用している。このTDLNでのPD-1/PD-L1遮断によって、T細胞のプライミングが正常に起こり、腫瘍局所へ動員され、抗腫瘍効果を発揮すると報告されている。(Dammeijer F et al. Cancer Cell 2020)これは腫瘍局所だけでなく、プライミングの場であるTDLNを評価することの重要性を示しているといえる。
③ PD-L1以外の因子の関与
もうひとつの免疫チェックポイント分子PD-L2
PD-L2は、様々な腫瘍細胞やAPCでの発現が知られているチェックポイント分子の一つで、NSCLCにおいても特に扁平上皮癌(Squamous)ではPD-L2が優位に発現しているケースがあることが分かっている。また実際に、PD-L2の発現が比較的高いことで知られる頭頸部扁平上皮癌(HNSCC)においては、PD-L2の発現とPFS及びOSとの有意な相関が報告されている。(Yearley JT et al. Clin Cancer Res 2017)
*今回は特にPD-L2にフォーカスしたが、その他TIGITやTIM-3、Siglec-15といった免疫チェックポイント分子の関与も考えられる。例えばPD-L1高発現の症例でも抗PD-1/PD-L1抗体が効かない理由として、これらチェックポイント分子がT細胞のdysfunctionを制御しているといった報告もある。
抗腫瘍活性本体であるCD8+ Tcell
ICIの効果が期待される炎症性の免疫環境においては、PD-L1の発現だけでなくTILの浸潤が重要なファクターであることが分かっている。(Teng MW et al. Cancer Res 2015、Shirasawa M et al. JTO 2021)せっかくPD-L1が多く発現していても、CD8+ Tcellが腫瘍局所に存在していなければ、所謂“immune desert/ignorance”な状態となって、抗腫瘍効果を発揮できない。
これらのことから、抗PD-1/PD-L1抗体の効果には、PD-L1だけでなくPD-L2やCD8+ Tcellの状態も影響し得ることが分かる。
以上のとおり、抗PD-1/PD-L1抗体の作用には、時空間を超えた様々な因子が絡んでいることが分かる。
実際に、腫瘍局所のPD-L1陰性の炎症性の低い腫瘍細胞でも、プライミング相(特にTDLN)での樹状細胞におけるPD-L1の発現、更には抗原提示やCD8+ Tcellの活性化に重要なXCR1+APCの存在、そしてCD8 Tcellの腫瘍局所への誘因因子であるCXCL9,10,11の発現が、抗PD-1/PD-L1の有効性と強い相関を示すことが報告されている。
ICIの効果を過不足なく予測するためには、腫瘍局所のPD-L1発現だけでなく、(実臨床の実現のハードルはあると思うが…)プライミングに重要なリンパ節も含めた抗腫瘍免疫に関わる様々な因子を総合的に評価することが重要だといえる。